Vol.6_危機管理と“組織の品格”

「1時間で着くはずが、4時間経ってもたどり着けない」。
そんな声が、4月6日のニュースやSNSで相次ぎました。

発端は、2025年4月6日未明に発生したNEXCO中日本のETCシステム障害です。管轄エリアである1都6県の広い範囲で、ETCレーンやスマートインターチェンジが使えなくなり、一般レーンに通行が集中。多くの高速道路で大渋滞が発生しました。

原因は、7月に予定されている深夜割引の見直しに伴うシステム改修作業。4月5日の作業直後に障害が発生したとのことで、現在も復旧の見通しは立っていません。NEXCO中日本は謝罪を表明し、後日Web上で通行料金を手続きするよう案内しています。朝のテレビ番組でもその内容を繰り返し放送しています。

私はこの件に接して、「障害そのもの」よりも「その後の対応」に組織としての危機管理のあり方、ひいては“品格”が表れると強く感じました。

危機管理とは、「お詫び」ではなく「信頼の回復」である

ETCの復旧作業が続く中、現場では案内不足や説明の乏しさが目立ち、渋滞のイライラと不安をさらに増幅させていた印象があります。誰しも「なぜ?」「いつまで?」「どうすれば?」という基本的な疑問を持つはずですが、その答えは届いてこない。加えて、「今後の見通しが不明」「何の補填もない」という状況に、利用者としては「放置されている感」を覚えた人も多かったのではないでしょうか。

もし、私がこの状況下で経営判断を下す立場だったとしたら、こう考えます。
「今こそ、一時的に通行料を無料にしてはどうか?」

経済合理性だけを見れば、確かに収入減は避けられません。会計担当者は顔をしかめるかもしれません。でも、危機時の経営判断とは、「数字の正しさ」よりも、「顧客との信頼関係をどのように回復し、長期的に維持するか」「各地域の社会経済に大きなマイナス影響を与えてはいけない」に重きを置くべきだと私は思います。

一時的な損失を恐れて何もしないよりも、信頼を取り戻すことで将来のロイヤルティやブランド価値の向上につなげることができれば、それは「未来の得」として大きな意味を持ちます。危機対応に誠実な姿勢を見せた企業には、後日「またここを使おう」「応援したい」と思う利用者が必ず現れます。ここにこそ、長期的なリターンの可能性があります。

加えて、こうした対応は単なる「損失補填」や「ご機嫌取り」ではなく、実は大きな社会的・経営的価値を生む実験の場にもなり得ます。

たとえば、一時的な通行料無料化を行うことで・・・・・

  • どの時間帯やルートに交通が集中するのか
  • 公共交通とのバランスにどのような影響が出るのか
  • 短期的な物流コストの変化が経済活動にどう波及するのか
  • 利用者の不満や不信感が「信頼」「好感」へとどう変化するのか

こうしたことが、現実のデータを通じて観測できます。いわば危機を“社会実験のチャンス”として活用するという発想です。

これは、信頼回復と同時に、次の経営・サービス設計に活かせる貴重な学びにもなる。つまり、「一時の損」ではなく「未来の得」そのものなのです。

しかし今回の企業側の発表や各種報道を見ていると、そこまでのことには踏み込んでいません。危機管理に関する専門家はこういいます。「まず信頼回復が大事だ」、と。しかし「信頼回復と社会実験を一緒にやってはいけない」のでしょうか。

一方で、補填とか無料化という話があると、下記のようなことを考える人がうじゃうじゃ出てくることも想定されます。
「昨日、4時間も待った人が損するじゃないか」
「無料化したら悪用する人が出てくるんじゃ?」
「収益が減ったら、後のサービス維持が困難になる」
もちろん政治家・官僚たちが平等・公平とか制度的制約とか財政の観点でいろいろと邪魔してきそうです。

こうした声も確かにあると思います。公平性や持続性の観点からは、当然の意見です。

しかし、その声にすべて配慮した結果、「何もしない」ことが本当に最良なのかどうか。そこには一度立ち止まって考える価値があるのではないでしょうか。重要なのは、「一律の公平」ではなく、「納得感ある説明と姿勢」だと思うのですが・・・。
そもそもBCPを構築するときに、こういった部分も考慮に入れていればこんなことにはならないわけですが、、、

たとえば、「この土日のみ無料とします」「昨日利用された方にも追ってポイントで還元します」といった、意志ある選択肢を提示すること。それこそが、顧客を「放置された不満」から「理解ある応援者」へと変える力を持つ元だと思います。

危機対応は、「仕組み」よりも「姿勢」が問われる

今回の件に限らず、あらゆる組織にとって危機は避けられません。情報漏えい、インフラ障害、自然災害……どれだけ事前に備えていても、100%の防止は不可能です。

だからこそ、問われるのは「危機が起きたときの振る舞い」です。

  • お詫びだけで終わらせないか
  • 顧客目線の代替手段や救済措置を用意できるか
  • 信頼を失わず、むしろ高めるチャンスに変えられるか

危機管理とは、BCP(事業継続計画)やBCM(事業継続マネジメント)といった仕組みだけでなく、“文化”であると筆者は考えます。「何か起きたときに、私たちはどう向き合うか」という“姿勢”が、社員全体に根付いているか。これがその企業・組織の「信頼力」を決定づけると言えると考えます。

危機は、信頼構築の最大のチャンス

危機とは、言い換えれば「普段は見えない価値観があらわになる瞬間」です。
どんなに華やかな広告を打っていても、どれだけ制度が整っていても、緊急時の判断と対応にはごまかしが効きません。

企業の品格とは、「うまくいっているとき」ではなく、「うまくいかないとき」の対応にこそ表れる。
今回のETC障害の事例は、そのことを示唆していると思っています。