Vol.13_あなたの人材価値、語ってみよう

“数値化された情報の罠”について考えた前々回(Vol.11)に続き、今回はそこから一歩進んで、“キャリア価値”をどう測るか、人材アセットという視点で掘り下げていきます。


キャリアを測る「わかりやすさ」の罠
別の会社へ転職するにしても、今の社内で評価されるにしても、現在まで自分が蓄積してきたキャリアの価値を正しく把握することは重要です。しかし、それを正しく測るのは意外と難しいものです。
よく知られている方法として、dodaのような転職サイトの年収査定ツールを使う、というものがあります。職種や業種、スキルや経験年数を入力すると、「あなたの年収レベルは●●●万円です」と表示されます。これは一つの転職市場内における相対的な位置を知るうえでは有効な手段です。

ただしこの方法には、ある種の落とし穴があります。

「今の自分、思ったよりイケてるみたいでちょっと嬉しい」
「(●●●万円って数字を見て)“俺、もっと評価されるべき”って誰かに言いたい」
「今の会社で貰ってる年収よりも多いということは、転職したらもっと上がるってこと!?」
「これなら、“今すぐ転職オファー届く”みたいな未来をちょっと期待してもいいなぁ」
「まわりの同僚より上という結果が出たら、心の中でガッツポーズしたい」

このように、ある人は「思ったよりも自分の年収は低いんだな」と感じ、「このままではダメだ」と焦る。
別の人は「今の年収を見ると、結構もらっているほうなんだな」と感じ、「今のままでいいかも」と安心する。

相対的な位置を知ること。そこから生まれるのは、“自分のキャリアをどうしたいか”という問いよりも、 「どうすればもっと年収を上げられるか?」という方向に偏ってしまう問いです。

そしてその問いに対して、労働者はどう考えるか。こんな心の声が浮かんできます。

「自分のキャリアを考えよう、と言われても、まだ今の段階では目指すものがはっきりしていない」
「だったら、とりあえず年収を上げるというやり方が手っ取り早いし、わかりやすいし、何より年収が上がったら人に自慢できる」
「Willを追いかける前に、Canを増やすべきでしょ。だったら、流行りのスキルでも何でもアリなんじゃないの?」
──確かに、どれも一理あります。

でもそれって本当に、「自分のキャリアを“自分の軸”で選んでいる」と言えるのでしょうか?

「人材アセット」という考え方
ここで役立つのが、「人材バランスシート(人材B/S)」という発想です。

企業が財務諸表で“貸借対照表(Balance Sheet)”を用いて資産や負債、資本の状態を整理するように、私たち自身も“自分という存在の内訳”をバランスシートとして捉えてみる。そんな考え方が、今求められているのかもしれません。

その人材B/Sの“資産の部”にあたるのが、「人材アセット」です。
人材アセットとは、自分が持っている“引き出し”の中に、何がどれだけあるかを見える化する考え方です。
いわば、あなたがこれまで積み上げてきたスキルや経験、関係性といった「見えにくい価値の棚卸し」。
ビジネスでいう“バランスシート”が企業の価値を示すように、自分が持っている力や得られるリソースを、資産として整理して見直してみる──そんな発想のヒントです。

人材アセットは大きく「自己資本」と「他人資本」という2つの構成要素から成り立っています。

  • 自己資本=自分が持っているスキル、経験、知識
  • 他人資本=会社のブランド、給与、ネットワークなど、環境から得ている価値


ここで一度、自分に問いかけてみませんか。

あなたは、自己資本と他人資本のうち、どちらの資本があなたの人材アセットに強い影響を与えていると思いますか?

たとえば、「一流企業に勤めている」という事実があるとしましょう。それは他人資本と言えるものです。「一流企業に勤めている」こと自体は誇らしいことの一つですが、そこを離れた瞬間、これまで使えていた会社のブランドや会社の看板でつながっていた人脈はゼロになるかもしれません。

一方で、どんな職場環境でも成果を出せるスキルや、他の会社で活かし、応用できるような経験を持っている場合はどうでしょうか。これは自己資本が強いと言えます。

人材アセットは、自己資本と他人資本という“二つの異なる資本”が組み合わさって、初めて機能する構造です。また自己資本は他人資本との“掛け算”で価値が決まる部分もあります。仮にどちらかがゼロであれば、市場価値も極端に下がる可能性がある。 だからこそ、「自己資本をどう育てるか」「他人資本をどう活かすか」の両方が問われると言えるでしょう。

給与だけでは測れない価値
ここまでの整理で気づいたと思いますが、たとえば、給与が高いからといって、それがその人の“能力の高さ”をそのまま意味するわけではありません。
給与は、あくまでも「市場における希少性」と「交換価値」の反映にすぎないのです。

極端な話、同じ能力を持っていたとしても、それが「不足している市場」では価値が高く、「飽和している市場」では低く見積もられる。つまり、給与は能力そのものではなく、「その能力が今の市場でどれだけレアか」によって決まっていると言えます。

このことは、私たちのキャリアの意味づけにとって重要な示唆を与えてくれます。
「希少であること」と「価値があること」は、似て非なるもの。
“どんな希少性を育てるか”と同時に、“どんな意味ある価値を残すか”という両面から、アセットを捉え直してみる必要があるのです。

人的アセットの価値をどう高めていくか。本質的なポイントは自己資本をタテ・ヨコに大きくし、資産に転換させていくことです。

では自己資本を大きくするにはどうするか。実は自己努力、わかりやすく言えばインプット(自己研鑽)だけでは足りないのです。大事なのは「他人資本をどう活かしているか」とセットで取り組むこと。それが人的アセットの価値に大きな影響を与えます。単なるスキルや知識の蓄積で考えるのではなく、それらを“大きく資産化”するためには多面的な考え方を持つことが重要というわけです。今、自分が持っているものをどう使い、どう磨き、どう他者とつなげていくか──そこにこそ、自分の資本が“資産”として生きる道があると言えます。

自分の資本を見つめ直す
この視点を一人ひとりが持つことができれば、自己キャリアの考え方は少しずつ異なるイメージになってくるのではないでしょうか。

「とりあえず資格を取る」「転職サイトで年収を上げる」ではなく、 「自分がどんな資本を持っていて」「どれを伸ばすべきで」「何が足りないか」を整理できるようになる。

まずは、自分のスキルや経験、および、自分のチカラ以外に自分を形成しているものを棚卸し、 「それは社外でも通用するか?」「社内の中でだけ成立していないか?」と問いかけてみる。それが、自分の“人材アセット”を見つめ直す第一歩です。

人材アセットが個人と企業をつなぐ「共通言語」へ
この考え方は“個人のため”だけにあるわけではありません。

個人がこうして自分のアセットを明確にしていくと、 組織としても社員一人ひとりの強みや資源を見極めることができるようになり、それによって適材適所を実現しやすくなります。

また社員のスキルや経験を可視化することで、自己資本の伸長が実感できる成長支援策を設計することができます。つまり、人材アセットという考え方は、 「個人のキャリア形成」と「企業の人的資本活用」をつなぐ、“共通言語”にもなりうるのです。

今こそ、あなた自身の真の価値を
最後に、もう一度問いかけてみてください。

今、自分の市場価値を「自己資本」と「他人資本」から説明したらどういう内容になるか?

“年収”や“職歴”といったわかりやすい数字だけに意識を向けるのではなく、 「自分は何を持っていて」「それをどう使える人間か」を語れる人こそが、 これからの時代の“本当の市場価値”を持つ人と言えると考えています。