Vol.14_学びは“破壊”から – Unlearn to learn –
前回(Vol.13)では「人材アセット(人材資産)」という視点から、自己資本と他人資本という2つの構成要素を通じて、自分の市場価値を見つめ直す考え方を紹介しました。
今回は、人材アセット(人材価値)を高めていくためのプロセスで避けては通れない「リスキリング」について取り上げます。
いまや「リスキリング」は、自己啓発やキャリア形成の文脈だけでなく、企業の人的資本投資や経済政策の中でも中心キーワードになっています。今回はその本質を問いてみたいと思います。
リスキルブームの“違和感”
「リスキリングを通じて人材の価値を高める」「時代に必要なスキルを再習得しよう」
こうしたフレーズを目にしない日はないほど、リスキルは広く社会に定着しつつあります。しかし、最近のリスキル推進の中には、違和感を覚える動きも少なくありません。
たとえば、こんな企業の取り組みを見たことはないでしょうか?
- 「生成AIやDX、データ分析の講座を一斉に導入」
- 「社員に資格取得を奨励。目標受講数をKPIに」
- 「学びの成果として“受講者満足度”を記録」
いずれも、“取り組み”としては正しく見えます。
ですが、次のような疑問が浮かぶことがあります。
- 「なんか、学ばされただけだったな……」
- 「で、それを学んで何を実現したいの?」
そんな“変化の不在”が、現場のあちこちで静かに積み重なっているように思います。
リスキリングが「学びの形」を提供することに偏りすぎて、「学びの意味」が抜け落ちている。そんな感覚を抱くことが増えていないでしょうか。
“How”が積み上がり、“Why”と“What”が空洞化
“とりあえず何か学んでおけば何とかなる”
リスキル推進が形式化する一因に、この言葉があります。
そして、昨今のTechブームをはじめとした「Howの山」。
研修メニュー、スキルマトリクス、e-learningの受講率、受講満足度……。上場会社をはじめとする様々な企業は、整然とした管理表を作り、その取り組み内容を「人的資本への投資」として開示するようになりました。
しかし、それらの裏にあるべき“Why”(なぜそれをやるのか)と“What”(何を生み出す人材を育てたいのか)が、十分に語られていないように感じます。まるでビュッフェの前に立たされて、「とりあえず何か取れ」と言われているような状態──。これは、本人のWill(キャリアの意思・志向)も、企業のWill(経営の方針・戦略)も置き去りになっていることを意味します。
リスキルの本質は「アセットの再設計」
ここで、あらためて「人材アセット」の考え方を振り返ってみたいと思います。
人材アセットとは、自己資本(スキル・経験・知識等)と他人資本(企業ブランド・人脈・給与等)によって構成される“個人版バランスシート”です。
実はリスキルとはこのバランスシートを動かす営みのことなのです。
- 自己資本を「追加」する(新しいスキルを習得する)
- 自己資本を「再編集」する(これまでの経験に別の意味を与える)
- 自己資本を「入れ替える/廃棄する」(時代に合わなくなった資産を見直す)
- 他人資本を「活かす」(学びを支援する環境・人間関係を活用する)
このように、リスキルとは「知識を詰め込む行為」「スキルを磨きなおす」だけにとどめず、その先に目線を向けるべきなのです。言い換えると、「リスキル=資産の組み換え=アセットの再設計ということです。
自分という“資産ポートフォリオ”を、今の環境や目的に合わせてどう編成し直しますか──それが、リスキルが問う本質です。
“Willから始める”学びの再構築へ
リスキルが機能するかどうかは、「Will」があるかどうか、にかかっています。本人の意志があるからこそ、学びが“意味”を持つ。 企業のビジョンがあるからこそ、学びが“戦略”になる。
逆に、それがなければ、リスキルはただの「消費型自己啓発」で終わってしまうのです。
「誰が」「何のために」「何を変えるために」学ぶのか。それが明確であれば、生成AIだろうがDXだろうが、必要なスキルは自ずと見えてきます。
学びのポーズではなく、アセットの更新へ
リスキリングとは、本来「学びのポーズ」を取ることではありません。
それは、自分自身の資本を見つめ直し、何を残し、何を増やし、何を捨てるかという選択の連続です。
だからこそ、企業も個人も、“Willのない学び”を量産するのではなく、 「何を生み出す人を育てたいのか」「何を生み出したい自分になるのか」──そこから設計を始めるべきではないでしょうか。
リスキルブームに流されることなく、“アセットを育てる”学びの文化を醸成する。これから、その正念場です。
小さな問いからでもかまいません。意味を取り戻す学びが、やがて社員自身の“新しい価値”となって積み上がっていくはずです。