Vol.27_採用をマーケティングするとは?

「求人を出せば人が来る」時代の終焉
「人が採れない」「応募が来ない」――。

そう嘆く企業は多いですが、実際には“採用というゲームのルール“そのものが変わっています。
求人広告を出して待つ時代は終わり、いまは候補者が自ら情報を探し、比べ、納得して行動する時代です。

この構造変化は、マーケティングの歴史と驚くほど似ています。
かつてはテレビや新聞で広く訴え、できるだけ多くの人の目に触れさせる。
その中から買ってくれる人を拾っていく――そんな「数の論理」で購買行動を支配していました。

しかし今やどうでしょうか。SNSや口コミの影響で、購買行動の前提が明らかに変わっています。
消費者は企業から情報を与えられるのではなく、自ら探し、比べ、納得したうえで行動します。

とすると、何が重要か。「商品を売る」ではなく「消費者から選ばれる」ための体験設計が大変重要になってきます。

まさに、それが現代の採用にもそのまま当てはまります。
これをマーケティング理論で整理するとこうなります。


求人を出せば応募が集まる――そんな“マス採用”の時代は終わりました。
いまの採用は、応募者一人ひとりとの接点をどうつくり、どう体験を設計するか。
マーケティング領域では“カスタマージャーニー”の発想行動がすっかりスタンダードになりましたが、
人事マネジメント領域でも、”エンプロイジャーニー”という考え方が浸透しつつあります。

採用における“プロスペクティブ・エンプロイジャーニー”
応募者の心理は、もはや「求人を見る→応募する→面接→入社」という単純な直線ではありません。
その前後には、“気になる→調べる→比べる→誰かに聞く→応募する→入社を決める→発信する”というプロセスが存在します。

この一連の流れを理解して採用設計をしている企業はどのくらいあるか。残念ながらまだあまり多くはないのが筆者の実感です。

現在のところ、人が採れないので、求人広告の出稿先を増やす、出稿頻度を上げる、出稿期間を延ばす、これまで付き合いのなかった採用エージェントを起用する、選考プロセスを短縮化し他社よりも早く内定を出す、など短期的成果を狙った施策の強化が目立ちます。
しかしこれは「求人を出したら応募してくる」という前提に立った対応ではないでしょうか。

しかし最近の採用の考え方はその前提から大きく変わりつつあります。
端的にいえば「奪い合いに勝つ」のではなく、「選んでもらう」という採用マーケティングの発想です。
採用マーケティングとは、候補者との最初の接点づくりでとどめず、入社後までを一気通貫で設計する“体験デザイン”のことです。
そのためには、“応募してもらう”前に“興味を持ってもらう”仕掛け、そして“惹きつけ続ける”関係づくりが欠かせません。

候補者が会社を選ぶ言葉の裏には、「他社と比べて消去法で選ばれる(御社良い)」場合と、「ここで働きたいと心から思われる(御社良い)」場合の2つがあります。
会社の持続的成長の鍵として考えるべきは、後者――“御社良い”と心から思われる存在になるために何が必要か、という発想を採用戦略に取り入れるべきことは言うまでもないことです。


「惹きつける力」はEVP(従業員価値提案)で決まる
人が「ここで働きたい」と感じるときには、必ず理由があります。
それは単純な処遇条件ではなく、共感・信頼・期待、いわゆる内発的動機付けです。

この“惹きつける力”を構造化したのがEVP(Employee Value Proposition:従業員価値提案)といわれるものです。
EVPとは「会社が社員に約束する価値」を示し、次の3つの要素で成り立ちます。


この3点の整合が取れている企業ほど、惹きつけが強く、離職も少ないように思います。
逆に、求人で語る“理想”と、入社後に感じる“現実”が乖離していると、それが離職の大きな原因になってきます。

だからこそ、採用活動では「何を語るか」だけでなく、その言葉がどのように体験として裏づけられるかが問われるのです。

「採用の入口」が増えた時代にどう対応するか
最近の成功企業の多くは、採用の入口を一つに限定していません。
求人サイトや人材紹介に加えて、SNS発信、リファーラル(社員紹介)、副業・業務委託、アルムナイ(退職者)など、複数の関係チャネルを設けています。

このように入口が多様化している時代において、過去の成功事例である「いきなり応募→採用」ではなく、“関係づくりから始まる採用”が成立しています。

とくに中小企業や知名度の低い企業ほど、ブランドの代わりに「関係性」を資産化する戦略が有効となっていると感じます。

たとえば、

・社員がSNSで自社のリアルを発信する
・卒業社員との交流イベントを定期開催する
・副業・プロジェクト単位で関わる「お試し関係」をつくる

これらはいずれも、“知ってもらう”のではなく“関わってもらう”設計です。
人が「来たくなる」企業は、入口のデザインがうまいのです。

採用は「発信」よりも「設計」
繰り返しになりますが、採用を成功させる鍵は、派手な発信力ではありません。
どれだけ“応募者の行動”と“自社のメッセージ”が接続しているかです。

最近のマーケティングトレンドを振り返ってみると、企業は「商品を売る側」ではなく、顧客に“選ばれる理由”を設計する側に回っています。
同じように採用でも、企業は「人を選ぶ側」ではなく、“選ばれる側”としての体験価値をつくることが重視されていると考えることが自然ではないでしょうか。

「選ばれ度KPI」とは
採用はもはや人事部門の業務ではなく、経営がリードすべき重要業務の一つであり、経営上の変数といえます。
なぜなら、採用の遅れはそのままP/Lに直結する“空席コスト”になるからです。
それを算式で表すと下記になります。

空席コスト(日)= 一人当たり粗利(日) × 空席日数

営業職を1か月採り損ねれば、想定していた粗利が得られなくなる。
現場リーダーが1人抜けた状態が続けば、チーム全体の生産性が下がる。
採用スピードの遅れは「人事の課題」ではなく、経営の機会損失=戦略リスクなのです。

だからこそ、採用KPIは人的資本経営の中核指標の一つとして扱うべきです。

採用の成果は“人が入ったかどうか”ではなく、どれだけ早く・正確に・継続的に価値を生み出せたかで測る必要があります。
経営パフォーマンスそのものを左右する採用KPIとは具体的には何か。下表は“選ばれる力”を定量的に捉えるための一例です。



惹きつけと定着のあいだにある“摩擦コスト”
採用のボトルネックは、応募が少ないことではなく、途中で関係が切れる“摩擦”にあります。
すなわち、興味を持った候補者が途中で離脱する、入社後にギャップを感じて辞める――これらはすべて「摩擦コスト」です。

企業がまず着手すべきは、この摩擦の正体をKPIで可視化することです。
どの段階で離脱が起き、どこで信頼が切れているかを特定し、EVP→導線→運用の順で整えます。


この順番で整えると、採用活動の費用対効果と人的投資の投資対効果を同時に高めることができます。

離職率と採用力は「裏表」
“離職が多い会社”とは、言い換えれば“惹きつけが続かない会社”です。
採用の入口を整えるだけでは不十分で、関係の持続性=エンゲージメント設計が必要です。

エンゲージメントとは忠誠心ではなく、「自分ごととして働けるかどうか」という感情の構造として捉えてみたらどうでしょうか。
そうすると採用と定着は、同じ線上で設計すべきということが分かると思います。

求人を出す前に、何を設計するか
これからの採用に必要なのは、「どの媒体に出すか」よりも、「どんな関係を始めたいか」という問いです。

マーケティングが「購買をゴール」としなくなったように、採用も「入社をゴール」とする時代は終わりました。
求められるのは、“入社後にどんな体験を提供できるか”というストーリーです。
採用ページに掲載する内容も、制度や福利厚生よりも、働く人のリアルな声や成長の軌跡のほうが響きます。

これが、採用が「説明」ではなく「体験共有」になっている証拠です。
と考えると、改めて採用で最も大事なことは何でしょうか。

それは求人をつくることではなく、共感を設計することの方が重要ではありませんか?

採用は、経営戦略そのもの
採用活動は「人を選ぶための」活動ではなく、“選ばれる構造”を整える活動です。
それは企業文化やブランドを体現する関係デザインへと進化しています。

どんな人を採るかではなく、どんな人と関わり、どう成長を共に描けるか。それを候補者にいかに届け、いかに惹きつけ続けるか。

言い換えれば、惹きつけ続ける力とは、「信頼の再現性を持った力」であり、約束・証拠・体験が重なったとき、初めて人は“共感して選ぶ”のです。