Vol.34_AIで人事評価は変わるのか
最近、「AIで人事評価」という言葉をよく耳にします。
AIが社員の働きぶりを分析し、より公平で客観的な評価を実現する――そんなイメージです。
実際、AIを人事業務に活用する企業は急速に増えています。
『人事白書2025』(日本の人事部)によれば、人事部門で生成AIを「活用していない」とする企業は3割強にとどまり、すでに多くの企業が何らかの形でAIを取り入れ始めています。
こうした流れを見ていると、「AIが評価を行う時代が来た」と感じる人も多いかもしれません。
しかし、ここで一つ立ち止まって考えてみたいことがあります。
AIは本当に“人事評価”をしているのでしょうか。
この問いに対して、多くの企業はまだ正確に答えられていません。
そもそもAIとは何か
AIはArtificial Intelligence(人工知能)の略称です。
- Artificial:人工の
- Intelligence:知能
つまり人間の知的な働きをコンピュータで再現しようとする技術です。
ただし、誤解されがちですが、AIは人間のように何かを考えているわけではありません。
実際には、大量のデータをもとに「過去のパターン」を学習し、そこから最もそれらしい答えを導き出している仕組みです。
例えば、
- 過去の営業データを学習すれば「売れやすい行動」を予測する
- 過去の評価データを学習すれば「高評価になりやすい特徴」を抽出する
といったことが可能になります。
つまりAIは、「考えている」のではなく、過去の傾向から予測している仕組みにすぎません。
人事評価の基本的プロセスを確認してみよう
次に、人事評価の基本的なプロセスを確認してみます。
一般的な企業では、人事評価は次のような流れで行われます。

ここで重要なのは、評価は基本的に観察した事実情報をもとに判断する行為ということです。
上司は日々の仕事ぶりを見ながら、
- どんな成果を出したか
- どのように仕事に取り組んだか
- 周囲とどう協働したか
といった点を踏まえて評価を行います。つまり、評価する前段には必ず観察があります。
評価とは、観察の結果に対して意味を与える行為といえます。
AIはどこで使われているのか
では、AIは評価プロセスのどこで関与しているのでしょうか。
現在の多くのケースでは、次の部分で活用されています。
- 業務ログの収集
- データ分析
- 評価材料の整理
<事例紹介>
あるコールセンターでは、顧客との通話記録をAIが分析し、応対品質や課題解決度を数値化しています。
従来は上司が一部の通話を抜き取りで確認するしかありませんでしたが、AIを使えばすべての通話を分析することが可能になります。
営業職であれば、CRMのデータから顧客接触回数や案件進捗を分析することもできます。
別の事例です。システム開発の現場では、コードレビューやチケット処理の履歴などをもとに業務状況を把握する仕組みもあります。
これらの例を見ると、AIは必ずしも評価を判断・判定しているわけではありません。
AIがしているのは、業務の記録を収集し、分析し、整理することです。
その結果、評価者は増えた材料を参照して判断しています。
AIが変えているのは「観察の範囲」
ここで起きている変化は、評価そのものよりもむしろ観察の範囲にあります。
従来の評価では、観察の多くは上司個人に依存していました。
- 上司が見ていた仕事
- 上司が覚えている出来事
- 上司が印象に残している行動
こうした情報が評価の材料になっていました。
しかしAIを使うと、観察行動の状況は大きく変わってきます。
業務ログ、顧客データ、コミュニケーション履歴など、これまで十分に把握できなかった情報を参照・分析することが可能になります。
言い換えると、観察の対象が一気に広がるというわけです。
これまで「一部しか見えなかった仕事」が、より広く見えるようになります。
AIは評価を公平にする、とよく言われます。しかし実際に起きているのは、評価の公平化なのでしょうか。
評価は誰が行うのか
ここで忘れてはならないのは、AIがどれだけデータを分析しても、評価そのものは依然として人間の判断に依存しているということです。
なぜなら、人事評価には数値だけでは判断できない要素が多く含まれているからです。
例えば、
- 困難な仕事に挑戦したか
- 周囲を支えたか
- 組織の方向性にどのように貢献したか
こうした要素は、単純なデータだけでは判断できません。
AIは観察を助けることはできますが、情報を解釈する、意味付けすることはまだ得意ではありません。
評価とは、単なる採点ではなく、組織が何を大事にしているかを示す行為でもあります。
その意味では、評価の責任は依然として人間の側に残っていることがわかります。
AIと人事評価の議論で見落とされがちなこと
人事評価にAIを活用する議論では、「AIに評価を任せれば公平性が担保できる」という話に帰結しがちです。
しかし実際にはAIの活用によって評価の前提となる「観察の方法」が変わることを理解しておく必要があります。
こうした変化は、組織の評価のあり方にも影響を与える可能性があります。
AIは評価を自動化する技術というよりも、組織の観察力を拡張する技術と言った方が近いのかもしれません。
AIの活用によって、公平な評価に近づくことはできるのか
AIによって観察の範囲が広がると、評価はより公平になるのでしょうか。
確かに、データをもとにした分析は、人間の印象や好き嫌いによる偏りを減らす可能性があります。しかし一方で、それによって別の新しい問題が顕在化する可能性があります。
例えば、AIの活用によってこれまで見えなかった仕事や行動が見えるようになりますが、その一方、データとして残らない仕事や行動は見えにくいままです。「場の雰囲気を整える」「後輩の相談に乗る」「困っている同僚を支える」といった定性的・非定型的な貢献というようなことです。
AIは本当に評価の公平性に資するものになりうるのでしょうか。
AIの活用は万能なのでしょうか。
この問いについては、次回もう少し掘り下げて考えてみたいと思います。

