Notes Vol.38_AI導入で本当に変えるべきこと
「自社のどの業務にAIを使えるか、各部門で洗い出してください」
多くの会社で、いま似たような指示が出ています。
議事録の作成、資料の要約、問い合わせ対応、データ分析、企画書の下書き。各部門からAIの活用候補を集め、導入効果や実現可能性を評価する。
この進め方は、いまの部門、役割、業務プロセス、承認手続きを変えず、その一部をAIに置き換えることを前提としています。この方法で速くなるのは、現在の会社です。AIがいることを前提とした新しい会社が生まれるわけではありません。
以前、このコラムでは「AIで人事評価はできるのか」をテーマに、AIが広げるのは評価そのものよりも、評価の前提となる「観察の範囲」ではないかと考えました。そして、AIに何をさせるかを決める前に、そもそも何を評価したいのかを人間が定める必要がある、という話をしました。
今回は人事評価という枠を外し、この問いを仕事や会社全体へ広げてみます。AIの機能を現在の仕組みに当てはめる前に、AIがいることで、仕事や会社の前提そのものがどう変わるのかを考えます。
AI変革とは、AIの使い道を増やすことなのでしょうか。それとも、AIがいることを前提に、仕事や会社をつくり直すことなのでしょうか。今回はこの問いを考えてみます。
AIの導入ではなく、会社の設計が問われている
この違いを考えるうえで、デロイトの「Global Human Capital Trends 2026」に興味深い示唆がありました。
同レポートは、世界89カ国、9,000人を超えるビジネスリーダーと人事リーダーへの調査などをもとに、AI時代に企業が直面する変化を整理しています。調査では、ビジネスリーダーの10人中7人が、今後3年間の主要な競争戦略として「速く、機敏であること」を挙げています。
一方、同レポートが引用する経営層100人への別調査では、59%の組織がテクノロジー中心のAI活用を進めていました。そうした組織は、人間中心の取り組みを進める組織よりも、AI投資で期待以上の成果を得られない可能性が1.6倍高いという結果も示されています。
もちろん、この結果だけでテクノロジー中心の取り組みが成果の低さを招いたと断定することはできません。ただ、一つの疑問は生まれます。
多くの会社は速く、機敏になりたいと考えている。それにもかかわらず、実際の取り組みは、現在の会社に新しい技術を追加するところにとどまっているのではないか、ということです。
同レポートが示す3つの転換点を、「会社を考える前提の変化」として整理したのが、次の図です。

変わるのは、AIの使い方だけではない
図の左側は、これまで会社や業務を考えるときに置いてきた前提です。右側は、AIが仕事に組み込まれる時代に、置き直す必要がある前提です。
3つは別々の話ではありません。仕事のつくり方、AI活用の目的、仕事と担い手の編成方法が、まとめて変わることを示しています。
1.人が行う仕事にAIを加えるのではなく、人とAIで仕事をつくり直す
これまでのAI活用は、すでにある業務を出発点にしていました。
人が書いていた文章をAIに作らせる。人が調べていた情報をAIに探させる。仕事の形は変えず、作業の一部だけをAIに任せる考え方です。
しかし、AIが文章の作成、情報の分析、選択肢の提示まで担えるなら、仕事そのものを見直す余地が生まれます。
たとえば、会議の議事録をAIに作らせるだけなら、会議の進め方は変わりません。一方、AIが必要な情報を事前に整理し、会議中に論点を示し、終了後に決定事項を展開できるなら、会議で何を話すのか、誰が参加するのか、どこで人が判断するのかまで変えられます。
問うべきなのは、今の仕事のどこをAIに置き換えるかではありません。人とAIがいるなら、必要な仕事をどのようにつくるかです。
2.AI活用の目的を、効率化から価値創造へ広げる
AI活用の効果として、最も説明しやすいのは効率化です。
作業時間が半分になった。少ない人数で処理できた。外注費を減らせた。数字で示しやすいため、導入目的にもなりやすいでしょう。
ただし、効率化しただけでは、会社が生み出す価値は必ずしも増えません。
2時間かかっていた仕事が1時間で終わっても、空いた1時間が別の定型業務で埋まれば、成果は大きく変わりません。生まれた時間や能力を、新しい商品を考える、顧客との対話を増やす、判断の質を高めるといった活動へ振り向けて、初めて価値につながります。
効率化が不要になるわけではありません。変わるのは、その位置づけです。
効率化を目的にするのではなく、価値を生み出すための手段として捉える。生まれた余力を何に使うかまで含めて、AI活用を設計する必要があります。
3.固定した組織・人員に仕事を割り当てるのではなく、成果に合わせて仕事と担い手を組み替える
多くの会社では、先に組織と人員が決まり、その枠に仕事を割り当てます。「この仕事は営業部」「この業務は人事部」「この担当者が処理する」という考え方です。
役割と責任を安定させるうえでは有効ですが、変化が速くなると、組織図や職務分担が仕事の変化に追いつかなくなります。
AI時代には、考える順番を変える必要があります。
まず、目指す成果を決める。次に、そのために必要な仕事を分ける。そのうえで、社員、AI、社内の専門人材、外部のパートナーなど、誰が何を担うのがよいかを考える。
つまり、組織や人員を起点に仕事を割り当てるのではなく、成果を起点に、仕事と担い手を組み合わせるということです。
これは、すべての組織や役割を流動化するという話ではありません。安定させる仕事と、状況に応じて組み替える仕事を分けるということです。
自動運転車を入れても、交通システムは変わらない
この違いを、自動運転に置き換えて考えてみます。
バス会社が、現在の路線、時刻表、営業所、配車方法、運行管理をすべて残したまま、運転だけを自動化したとします。それでも一定の効率化はできるでしょう。
しかし、自動運転を前提にするなら、問いは「運転手のどの操作を機械に任せるか」だけでは済みません。
深夜にも運行するのか。需要に応じて路線を変えるのか。複数の車両を遠隔で管理するのか。事故時には誰が判断するのか。必要となる人材や能力はどう変わるのか。
変わるのは運転方法だけではなく、交通サービス全体の設計がAI活用の本質ではないでしょうか。
会社でも同じです。
- AIが企画書を数分で作っても、その後に従来どおり5段階の承認が必要なら、意思決定はそれほど速くなりません。
- AIが需要を瞬時に予測しても、人が部門やポストに固定され、予算も年に一度しか動かせなければ、組織は変化に追いつけません。
- AIが業務時間を減らしても、空いた時間の使い方を決めていなければ、別の低い価値の仕事で埋まります。
個々の業務は速くなっているのに、会社全体の成果は変わらない。AI活用が進むほど、この矛盾は見えやすくなります。
AIの機能ではなく、目指す成果から考える
「AIで何ができるか」と問われると、まずAIの機能から考え始めるのが一般的だと思います。
しかし、本来の順序は逆ではないでしょうか。
まず、どのような価値や成果を生み出したいのかを決める。次に、そのために必要な仕事を分ける。そのうえで、人に任せる仕事、AIに任せる仕事、人とAIが一緒に担う仕事を設計する。さらに、必要な権限、責任、データ、組織、人事制度を整える。
つまり、
AIの機能 → 活用できる業務
ではなく、
実現したい価値・成果 → 仕事 → 人とAIの役割 → 権限・責任 → 組織・人事制度
という順序です。
人事の役割も変わります。「誰をどのポストに置くか」だけでは足りません。
いま必要な成果は何か。その成果には、どのような仕事と能力が必要か。それを社員、AI、外部人材のどの組み合わせで担うのか。状況が変わったときに、どれだけ速く組み替えられるのか。
人材配置は、空いているポストに人を当てはめる仕事から、価値を生み出すために仕事と能力を編成する仕事へと変わっていきます。
「人間に何を残すか」ではない
AI時代の議論では、よく「AIに仕事を奪われた後、人間に何を残すか」が語られます。
しかし、この問いでは、人間の仕事が「AIにできないことの残り」になってしまいます。
考えるべきなのは、人間に何を任せる価値があるのかではないでしょうか。
どの判断には、文脈の理解や倫理的な責任が必要なのか。どの場面では、効率よりも信頼や関係性を優先するのか。どの能力は、人が使い続けなければ失われるのか。
反対に、現在は人が担っているからといって、今後も人が担うべきとは限りません。
AIに任せる仕事、人とAIが一緒に担う仕事、人に任せる仕事、そもそもなくす仕事。これらを、現在の業務分担ではなく、必要な価値から考え直す必要があります。
AI活用ではなく、「AI後の会社」から考える
AI活用の検討会議では、「どの業務に使えるか」という問いを、一度脇に置いてもよいかもしれません。
代わりに、こう問い直します。
もしAIがすでに仕事の担い手の一つになっているとしたら、私たちは、どのような価値を、どのような仕事と組織で生み出すのか。
AIによる変革の成否を分けるのは、AIが担う機能の数ではありません。
AIによって、現在の会社を速く動かすのか。それとも、AIがいることを前提に、仕事と会社をつくり直すのか。
「AIで何ができるか」を考えるだけでは、現在の会社の枠から出ることはできません。
まず「仕事と会社をつくり直すのか」を再認識する必要はないのか。
「どの業務にAIを使えるか」と問われたときの最初の論点になると思います。

