Vol.26_労働力とは人数か、それとも時間か
スキマワーク/スポットワークが拡げた「働く自由」
近年、企業が人材確保の手段として注目しているのが、スキマワーク(スポットワーク)アプリです。
代表格の「タイミー」をはじめ、「シェアフル」「デイワークス」「エリクラ(2024年12月サービス終了)」など、スマホひとつで“働きたい時間に働ける”仕組みが次々と広がっています。
利用者はアプリ上で勤務先や時間帯を選び、最短30分後には現場に入ることができます。採用にかける時間もコストもほとんど不要。
「求人を出しても応募がない」という企業にとって、まさに救世主のような存在といえます。
実際、飲食・物流・イベント運営といった業界では、「募集を出したら1時間で埋まる」という声も多く聞かれます。たとえば豊洲市場では、深夜3時の仕事でも即マッチングし、タイミー経由で正社員登用に至った例まであるといいます。
ところで、
この動きは本当に、企業の“労働力強化”につながっているのでしょうか?
逆に言えば、企業の“労働力強化”につなげるためには何に留意すべきなのか?
これが今回のテーマです。
企業側と労働者側の目的は、本当に同じか?
ここで一度、立ち止まって考えたいのは、企業側と働く人側の「目的」は本当に同じなのか?ということです。
企業は当然、「必要なときにすぐ人を確保したい」「できれば気に入った人を長く雇いたい」と考えるでしょう。
それに対して、タイミーなどを使うワーカーの多くはどう考えているのでしょうか。
タイミーが2024年に実施した「スポットワーカーに関するアンケート」によると、調査対象の5割以上が「好きな時間に働きたい」「縛られずに収入を得たい」という動機で登録しているようです。

つまり、両者が見ている“ゴール”は別々のものである可能性が高いのです。
企業は「囲い込みたい」。働く人は「関わりたい範囲で留まりたい」。
このズレが、スキマワーク利用の最大の特徴であり、同時にリスクでもあります。
企業は「囲い込み」を志向し、ワーカーは「自分でどう関与するかを決める」を志向する
――ゴール設計が初手でズレていることを前提に、物事を考え直す必要があるのではないでしょうか。
「正社員登用」という“餌”
最近では、タイミー利用者の中から優秀な人材を正社員として登用する企業も増えてきました。
例えば、
・西濃運輸:スキマワーク経験者92名を正社員として採用
・日本通運:「タイミーキャリアプラス」という登用支援制度を導入し、スポット勤務者から本採用へとつなげる取り組みを推進
こうした成功例だけを見ると、「タイミーは正社員採用の新しい入口」とも思えます。
しかし、実態はもう少し複雑です。
企業が「囲い込み」を狙う一方で、タイミー利用者の多くは“雇用されない自由”を求めています。
実際にワーカーの99.4%が他の仕事と兼業しており、スポットワークだけで生活している人は0.6%に過ぎないことが分かります。

また、「タイミーを通じた勤務をきっかけとした長期就業・長期採用に関する実態調査(2025年版)」によれば、長期就業を希望する人は72%いるものの、実際に長期化したのは14.6%。
この数字は、「働く自由を優先する層」が多数派であることを示唆しています。
もっとも、これだけで正社員志望が少数派であると“断定”はできません。
ただし、利用実態から見れば、「柔軟な働き方を優先する層が主流である可能性が高い」とは言えるでしょう。
つまり、企業が「タイミー経由で正社員を確保しよう」と考えるほど、利用者の動機からは遠ざかっていく構図が見えてきます。
囲い込みの発想から、関係設計へ
そもそもスポットワークとは、「採用」というよりは「労働力の調達」に近い発想に基づく仕組みです。
働く人は“自分の時間”を企業に切り売りする感覚に近く、そこに“所属”や“帰属”の要素は含まれていません。
それを企業が、
「せっかくだから正社員に登用しよう」
「長く働いてもらえたら効率的だ」
と、雇用の発想で囲い込もうとする時点で、ズレが生じるのです。
もちろん、タイミー経由での正社員登用がすべて間違いとは言いません。
現場での経験を経て信頼が生まれ、双方の希望が一致して雇用関係に進むケースもあります。
しかし、それはあくまで例外的な“出口”であり、構造的には、スポットワークは「関係づくりの入口」にすぎないと捉える方が適切と考えます。
「借りられる」のは労働力だけ
労働力は人数 × 稼働時間 × 生産性の積です。
スポットワークは主に「稼働時間」を柔軟に引き出す装置ですが、生産性をどう担保するかが企業側の設計課題になります。
生産性は“個人能力の総和”だけではなく、“関係性の質”によっても左右されるものだからです。
タイミーで一時的に人を確保することはできますが、それによって組織文化やブランド価値が良い方向に醸成されるとは限りません。
労働力は借りられても、信頼と文化は借りられないのです。これらは継続的な接点の積み重ねでしか生まれません。
スキマワークで来た人が現場に馴染まない、責任を持ちきれない、翌日には別の現場へ――
よくある光景ですが、そんな状況では、企業の内側に“関係の蓄積”が生まれないことは明白です。
だからこそ、スキマワークを単なる“人手確保”で終わらせるのではなく、
“関係づくりの入口”として再設計することが、企業の持続性を実現する道筋の一つになるのです。
スキマワーク活用を持続性につなげるには
タイミーのような仕組みを活用しながら、企業が“持続的な採用力”を築くにはどうすればよいか。
鍵となるのは、やはりスポットワークの機会を「採用の入口」ではなく「関係づくりの入り口」として設計することだと思います。
たとえば、
・タイミーで働いた人を対象にした“リレーション登録制度”を設け、再度呼びかけられるようにする
・副業・短期契約で関わった人を「社外メンバー」としてコミュニティ化し、継続的な関係を育てる
・短時間勤務でも成果を上げやすい仕組み(デジタルツールやペア制度)を整える
こうした施策は、「採用」ではなく「関係設計」に位置づけられます。
企業の中に“いつでも戻ってくることができる場や雰囲気”をつくることこそが、スキマワークを本当の経営資源に変える道といえるでしょう。
採用の思想転換が問われている
タイミーを使う企業が増えている背景には、「採用=所属の確保」から「採用=労働力の確保」へという思想の変化があります。
しかし、忘れてはいけません。労働力は借りられるが、信頼と文化は借りられない。
この原則を軽視したまま短期的な人手確保を繰り返せば、企業は“関係の摩耗”という見えないコストを支払うことになります。
発想すべき起点は「どう採るか」ではなく「どう関わるか」。
スポットワークは人手不足を補う装置であっても、関係不足を補うことはできません。
やはり、採用とは、信頼蓄積の運用を通じて人を惹きつけ、企業の未来をつくる経営行為といえるのです。
前回・今回は、企業を取り巻く採用環境の構造変化について考えてきました。
次回はそれらを踏まえた「採用戦略の再設計」について検討していきます。
※注記
本稿内で紹介した数値や傾向は公開情報および推定事実に基づくものですが、特定の企業やサービスの意図を断定するものではありません。
正社員志望層が多数派ではないというデータから推察して、「柔軟な働き方を重視する層が多いという可能性」に基づき整理したものです。

