Vol.31_挑戦に必要なアクセルとブレーキ
早く走る車をつくるには、何を磨くべきか
「車を早く走らせるのは、エンジンか、ブレーキか?」
あるとき、本田宗一郎氏が、ロボット工学者の森政弘氏に、こんな問いを投げかけたと言われています。
森氏が「それはエンジンでしょう」と答えると、本田氏はこう返したそうです。
「では、ブレーキのない車を作ってあげるから、君、乗ってみるかい?」
一見すると、車を前に進めるのはエンジンです。
推進力がなければ、車は動きません。
けれど、ブレーキのない車では、スピードを出すことはできません。
曲がることも、止まることもできません。
結果として、人はアクセルを踏めなくなります。
速く走るために必要なのは、単にアクセルの性能を高めることだけでなく、止まれるという確信があることです。
つまり、ブレーキがあるからこそ、エンジン(アクセル)を全開にできる。
この話は、車づくりの話にとどまりません。
「もっと挑戦してほしい」という声
企業の現場では、こんな声をよく耳にします。
- 「うちのメンバーは、なかなか挑戦しようとしない」
- 「失敗しないための行動が多い」
- 「もっと踏み込んで動いてほしい」
そのため、多くの企業が評価項目に「挑戦」や「チャレンジ」という言葉を入れています。
- 新しい取り組みを行ったか
- 変革に向けた提案をしたか
- スピード感を持って行動したか
挑戦したことを評価しようとしているのですから、評価制度の方向性としては正しいはずです。
ところが皮肉なことに、「挑戦しない行動」「失敗しないことを前提とした行動」が増えている、という声もよく聞きます。
このズレはどこから生まれているのでしょうか。
挑戦しないのではなく、踏めないのかもしれない
少し視点を変えてみましょう。
現場で増えているのは、こういった行動のように感じます。
- 失敗しにくい範囲での改善
- 上司が承認しやすい提案
- 評価を下げないための無難な選択
これらは、怠慢ではありません。
むしろ現在の制度運用(例:結果重視、説明責任が不足)や組織風土(例:減点方式)を踏まえた合理的な行動といえるかもしれません。
例えば・・・
・評価基準がこれまでと変わらないのなら・・・
・上司の好き嫌いで評価が左右されると感じていたら・・・
・失敗がそのまま減点につながるとしたら・・・
・なぜその評価になったのか分からないとしたら・・・
このような状況で、強くアクセルを踏めるでしょうか。
攻めと守りを同時に求める評価システム
併せて評価項目全体を眺めてみると、多くのケースでは下記の言葉が並びます。
- 挑戦・チャレンジ
- 実行力・スピード
- 正確性・安定運用
- リスク管理・コンプライアンス
どれも大切です。
ただし、それらが同じ重さで、同時に、一律に求められているとしたらどうでしょう。
- アクセルを踏め
- しかし、ミスはするな
- スピードを出せ。しかし、慎重に進め
その結果、最も合理的な選択は何になるか。
「強く踏み込まないこと」「大胆にならないこと」です。
挑戦を評価しているつもりでも、評価構造そのものが、挑戦を逆に抑制している可能性はないでしょうか。
攻めの部門と守りの部門の違和感
もう一つ、よく聞く悩みがあります。
営業や研究開発のような「攻め」の部門を想定して設計された評価制度が、管理・経理・品質保証などの「守り」の部門にはフィットしない、という問題です。
確かに、組織に求める役割は異なります。
営業は売上を伸ばし、研究開発は新しい価値を生み出します。
一方、管理や品質保証は、リスクを抑え、安定を守ります。
そのため、「挑戦」や「スピード」を前面に出した評価が、守りの部門では浮いてしまうことがあります。
その結果、どうなるか。
「無難であること・ミスしないこと」が守りの部門の最適解になりやすいことにつながっていきます。
しかし、ここで一つ、問い直したいことがあります。
挑戦とは、本当に「攻めの部門」だけの話なのでしょうか。
守りの部門における挑戦とは何でしょうか。例えば・・・
- リスクを事前に察知して提言する
- あえて業務プロセスを見直す
- 不都合な事実を早期に共有する
こうした行動も、「問題やロスを未然に防ぐ」という意味では挑戦といえます。
こういったことを投げかけると「なるほど」という認識にはなります。
ただし実際に認められる、あるいは、評価される、ということを実感できないと、じゃあ行動してみようとするフェーズにはなりません。
問題の本質は、“挑戦心”なのか、“挑戦行動の設計”なのか
車を走らせるのは、エンジンか。ブレーキか。
この問いを、組織に置き換えるとどうなるでしょうか。
挑戦が足りないのか。それとも、踏めない設計になっているのか。
アクセルを踏ませる前に、ブレーキはきちんと整備されているでしょうか。
そしてもう1点、守るための守りと、攻めるための守りは、本当に同じなのでしょうか。
もし違うのだとしたら、私たちは何を整備すべきなのでしょうか。
次回は、「守り」の意味を少し掘り下げてみたいと思います。

