Topics | 2026年10月第3週の注目テーマ

① AI込みの成果を、本人の能力と呼んでよいのか

AIを使えば、これまでより速く、質の高い成果を出せるようになります。
では、その成果は、そのまま本人の能力が上がったことを意味するのでしょうか。

2026年に発表された研究では、124人がロジックパズルに取り組み、AIを使う前の成績、AIを使った成績、AIを使った後の成績を比較しました。

AIを利用している間は成績が大きく伸びました。
一方、AIを使用しなかったときの成績は、AI利用中の成績の伸びと比べると、予想していたほどには向上していませんでした。一方、AI利用中も自分で考える割合が高かった人ほど、その後の能力向上が大きい傾向が確認されています。

もちろん、これだけの情報で、「AIを使うと能力が育たない」とは必ずしも言えないと思います。

この調査の示唆は、二つの成果を分けて見ることの重要性と考えます。

一つは、AIを含めたチームとして何を生み出したか。
もう一つは、その取り組みを通じて本人に何が残ったか。

AIを使いこなして成果を出すこと自体も、これからの重要な能力です。
一方、AIの回答が正しいかを判断する力、初めての状況で考える力、AIが使えない場面でも判断する力は、完成した成果物だけを見ても分かりません。

「AI込みの成果」と「本人に蓄積された能力」は、同じものではないのです。
AI利用が当たり前になるほど、人事評価や育成では、この二つを分けて見る必要がありそうです。

自社の評価制度では、AIを使って出した成果と、その過程で本人が身につけた能力を区別して見ることができているでしょうか。

② 高い目標より危ないのは、下げられない目標

高い目標を掲げたからといって、必ずしも不正が起こるわけではありません。
しかし、達成が難しいと分かっても、誰も目標や前提を見直せない状態は、組織を別の方向へ動かします。

ニデックの第三者委員会は、グループ内で発見された多数の会計不正について、過度な業績プレッシャー、特定の経営者の絶対性、牽制機能の不全などを原因として挙げました。「短期的な利益を最優先し、目標未達を許容しない企業風土」も問題の一つとして示されています。

目標は、本来、事業環境や実現可能な実行条件を前提につくるものです。そうでない場合は単なるノルマといえます。

売上目標100億円なら、
何人必要なのか。
どれだけ投資するのか。
どの商品を伸ばすのか。
どの市場を取りに行くのか。

目標と同時に、その達成条件や手段があるはずです。
ところが、条件が変わっても目標だけが絶対になると、議論できるものがなくなります。

売上が足りない。損失が出る。計画通りに進まない。

それを報告しても、
「やる気が足りない」
「もっと頑張れ」
で終わる。

そうなれば現場では、目標を達成する方法より、達成しているように見える数字をつくることの方が合理的になりかねません。

不正が行われる前の段階。ここでの代表的なものは、都合の悪い情報が上がらなくなることです。
例えば、見通しに対するコメントが少しずつ楽観的になる。達成困難という説明より、「達成できます」という説明をしてしまう。

目標を変えないのであれば、達成するための条件や手段をどこまで変えられるのか。

本来は経営者とそこまで議論する必要があります。
自社では、「目標を高すぎる(ので、下げたい)」という交渉だけでなく、目標達成の条件や手段を変えたいという提案が、経営者まで届いているでしょうか。

③ 80倍速くなった仕事に、いくら払うべきか

EYの米国チームは、AIを活用したソフトウェア開発基盤について、ある事例では生産性とコスト効率が70%向上し、納品速度が80倍になったと発表しました。

80倍は特定の事例であり、すべての開発に当てはまる数字ではありませんが、それでも、AIによって仕事にかかった時間と、その仕事の価格との関係が崩れ始めていることは分かります。

例えば、これまで10人月、1,000万円だった仕事が、AIを使えば短期間で完成するようになったとします。

顧客からすれば、
「使った人数も時間も減ったのだから、次回からはもっと安くできるのではないか」
一方、提供する側からすれば、
「短期間で同じ成果を出せるようにしたAI、知財、ノウハウへの投資にこそ価値がある」

では、次回も1,000万円なのか。それとも、大幅に安くするべきなのか。

この問いに対しては、もう少し丁寧に考えていかないといけません。議論のポイントは単なる値下げ幅ではないのです。

そもそも、1,000万円は何に対する価格だったのか。

人が10人月働いたことに対する価格なのか。
完成した成果物に対する価格なのか。
独自のAIや知財を使えることに対する価格なのか。
品質や納期を保証する責任に対する価格なのか。
それとも、売上増加や業務効率化など、顧客にもたらした最終的な成果に対する価格なのか。

同じようなタイミングで、デロイトも、従来の時間・投入人員を基準としたコンサルティングから、顧客の成果を基準とする価格設定へ移行する考えを示しています。

重要なことは、「予定より早く終わったという成果」は、提供側の成果(生産性向上)であるということです。
顧客の成果とは・・・

問い合わせが解決した。
売上が増えた。
処理ミスが減った。

こうした顧客側に起きた変化まで定義できて、初めて成果そのものに価格をつけることができます。

AIによって問い直されていること、それは自社は、何に対してお金をもらっているのか。

これまで「人数×時間」で説明できていた価格も、AIによって仕事に必要な時間が大きく縮まれば、そのままでは説明しにくくなります。
AIの普及は、価格そのものより先に、価格の根拠を問い直し始めています。

④ AIを学ぶ100時間は、「何につながる時間」なのか

法律事務所やコンサルティング会社の社職員は、「稼働時間」、顧客のプロジェクトに何時間入ったか(チャージできたか)が、重要な評価指標の一つとなっています。
研修や自己研鑽も必要な活動ですが、顧客プロジェクトの稼働時間と比べれば、評価上の優先順位は低くなりがちです。

そんな中、米国の法律事務所Ropes & Grayは、1,000人を超えるアソシエイト弁護士らを対象に、AIの実験や研修に使った年間最大100時間を、年間の顧客チャージ時間目標に算入できる制度を導入しました。
厳密には顧客へAI研修分100時間分を請求するわけではないのですが、社内の評価上、AIを学ぶ時間を、顧客プロジェクトに投じた時間と同じ土俵に載せるということです。
同事務所では、若手弁護士が最大約400時間をAI研修やシミュレーションに使える制度も設けています。2026年にアソシエイトがAI関連に投じた時間は、3万5,000時間を超えました。

なぜ、ここまでするのでしょうか。

従来の評価制度では、単にAIを学ぶ時間を増やせば、顧客プロジェクトの稼働時間がその分減ります。稼働時間が評価や賞与につながるなら、AIを積極的に学ぶ人ほど不利になり、本人にとっては必ずしも合理的とはいえません。

今回の制度は、その矛盾を評価の仕組みから変えようとするものです。
100時間を顧客プロジェクトに使えば、今年の売上になりますが、AIの実験や開発に使えば、将来の仕事の進め方そのものを変え、必要な業務時間を大きく減らす可能性があります。

つまり、
評価対象を「今の仕事に関わる時間」だけでなく、「将来の仕事のやり方をつくる時間」にも拡大した、
といえるのではないでしょうか。

もし会社がAI活用を本気で進めるのであれば、ツールを導入するだけではなく、AIを学ぶほど不利になる時間配分や評価指標も、同時に変える必要があります。

AIを学ぶ時間を、余裕がある人の自己研鑽として扱うのか。それとも、将来の事業をつくる正式な投資時間として扱うのか。

「学べ」と求めるのではなく、「学ぶ方が合理的になる」仕組みへ。能力開発を本人の意欲に委ねるのではなく、会社がインセンティブまで設計する考え方に変わりつつあります。