Notes Vol.39_AI活用で人間が担うべきこと

AIの進化について話をすると、最後はよくこんな議論になります。

「では、AIにできない仕事は何だろう」

定型的な処理はAIに任せる。大量の情報処理もAIに任せる。文章も、分析も、ある程度はAIができる。
そう考えていくと、人間には創造性、共感、判断、コミュニケーションなどが残る、と説明されます。

一見、とても合理的です。

しかし、少し変ではないでしょうか。

この考え方では、AIにできることが増えるたびに、人間の仕事の範囲が狭くなります。
AIにできることを一つずつ取り除き、最後までAIにできなかったことを人間に残す。
これでは、人間の仕事を「AIの残りもの」として決めていることになります。

前回は、AIがいることを前提に、仕事や会社そのものをつくり直す必要があるのではないかと考えてきました。
それは具体的にはどういうことなのか。例えば「AIにはAIが得意なことをやらせる」「AIにできないことを人間に残す」という、一見もっともらしい考え方から考えてみたいと思います。

人とAIの関係は、自然には決まらない

デロイトの「Global Human Capital Trends 2026」は、最初のテーマに「Getting human and machine relationships right」を置いています。

ポイントは、AIを導入すれば、人とAIが自然にうまく協働するわけではないということです。
Deloitteの2026年調査では、人とAIの相互作用をうまく形づくれていると回答したリーダーは14%にとどまります。
一方、66%のリーダーは、人とAIの相互作用を意図的に設計することが組織の成功に重要だと認識しています。しかし、この領域をリードしていると回答したリーダーは6%でした。

Deloitteは、人の仕事とAIの仕事を別々に設計するのではなく、人とAIがどのように協働し、判断し、仕事を受け渡すのかという「human-machine interaction」そのものを意図的に設計する必要があるとしています。
実際、仕事を再設計し、人とAIの相互作用や役割を意図的に設計することを重視する組織は、AI投資で期待以上の成果を得る可能性が2倍高いという分析も示しています。

つまり、「AIに何ができるか」だけを考えても解決できないということです。

AIに何を任せ、人間に何を任せ、その二つをどう組み合わせるのか。
そこまで決めなければ、人とAIの仕事は意味のある設計にならないのです。

Human Advantageとは「人間にしかできないこと」なのか

2026年版レポート全体のタイトルには、もう一つ重要な言葉があります。

Choosing the human advantage

Deloitteでは、AIのようなテクノロジーへのアクセスが広がるほど、技術そのものだけでは差別化しにくくなり、人の判断、創造性、適応力などが重要になると論じています。

では、Human Advantageとは、「AIにはできず、人間にしかできないこと」と考えてよいのでしょうか。

否、よくよく考えるとそんな短絡的・単純な話ではなく、むしろ逆のことを示唆していると考えます。
AIにもできるとしても、人間に任せる価値がある仕事を選ぶ。
そこまで含めてHuman Advantageなのではないでしょうか。

この根拠を「能力を保持するコスト・失ったときのリスク」と「レジリエンス」の視点で考えてみたいと思います。

電卓があるのに、なぜ人間は計算を学ぶのか

例えば、電卓で考えてみます。

電卓は、人間より速く正確に計算できます。
その結果、複雑な掛け算や割り算を、日常的に人間が筆算する必要はほとんどなくなりました。
計算という作業のかなりの部分を、機械へ外部化したわけです。

しかし、人間の計算能力をすべて不要にしたわけではありません。
少なくとも基礎的な学習段階では、今でも自分で足し算、引き算、掛け算、割り算を学びます。

なぜでしょうか。

電卓が壊れたときに困るから、というだけの理由ではありません。
電卓が出した答えを理解し、その結果がおかしくないか判断するためにも、人間自身に一定の数的感覚が必要だからです。

たとえば、4100×300なら、およそ120万です。

この感覚があれば、入力を間違えて12万と表示されたときに、「何かおかしい」と気づけます。

逆に、最初から計算をすべて機械に任せ、数字について考える経験そのものがなければ、機械の答えを評価することも難しくなります。

つまり、電卓によって人間の役割とは、
「すべて自分で計算する」→「必要な計算は機械に任せ、数字の意味を理解し、結果を評価する」方向へと変わったといえます。

重要なのは、機械にできることをすべて人間から取り除いたわけではないことです。
機械にもできる。しかし、人間が理解し、判断するために必要だから、人間側にも残しておく能力がある。

AIにも同じ問題があります。

AIに分析を任せることはできます。
しかし、自分で分析した経験がほとんどない人が、AIの分析のおかしさに気づけるでしょうか。

AIに文章を書かせることはできます。
しかし、自分で論理を組み立てた経験がなければ、もっともらしい文章の中にある論理の飛躍を見抜けるでしょうか。

AIに仕事を任せることと、その仕事を理解する能力まで人間から失わせること、これは別ものです。

自動操縦できるなら、なぜパイロットは操縦能力を残すのか

飛行機の自動操縦では、この点がさらに明確になります。

現在の航空機では、多くの飛行操作が自動化されています。
だからといって、「自動操縦にできることを全部任せ、できなかった仕事だけをパイロットに残す」という単純な考え方にはなっていません。

通常時には、自動化システムが多くの操作を担います。
一方、パイロットは機体や周囲の状況、自動化システムが意図どおり動いているかを監視します。そして、自動化がうまく機能しない場合には、問題を認識し、必要に応じて自ら操縦します。

興味深いのは、パイロットが保持している能力の一部は、自動化システムにもできることです。

通常時の操縦は機械にもできます。
それでも、人間が操縦能力を失ってよいとは考えません。

米国FAA(アメリカ連邦航空局)も、自動化への過度な依存によって手動操縦能力が低下する可能性を指摘し、自動化された航空機でもパイロットが手動操縦能力を維持することを重視しています。
なぜなら、自動化が想定どおりに動かないとき、人間が状況を理解し、介入し、立て直せる能力を維持しておく必要があるからです。

つまり、人間にその能力を残す理由には、「機械にはできないから」だけでなく、「機械にもできる。しかし、人間がその能力を失うと、システム全体が脆くなるから」というものです。

AIにも同じことが起こり得ます。

AIが経営会議の資料をつくる。
データを集める。分析する。異常値を見つける。原因を推測する。打ち手まで提案する。
正常に動いている限り、すべてAIに任せる方が効率的に見えます。

しかし、数年後、AIが明らかにおかしい分析を出したとき、人間側にそれを見抜ける人が残っているでしょうか。
「AIがそう言っているから」としか説明できないのであれば、会社はAIに仕事を任せたのではありません。

AIに依存・丸投げしているにすぎません。

「全部AIにやらせればいい」も、「人間らしい仕事を残そう」も違う

ただし、これはAIを使わない方がよいということを言いたいわけではありません。
また、AIは間違えるということを前提に、すべて人間が確認すべきだという話でもありません。
反対に、「AIなら全部やってくれるから、任せればいい」と考えるのも違和感があります。

これはAIの精度や特性を理解するリテラシーの問題でもありますが、今回考えたいのはその一段先です。

仮にAIが非常に高い精度で仕事をできるようになったとしても、

できることと、任せるべきことは同じではありません。
そして、
任せることと、人間がその能力を失ってよいことも同じではありません。

では、何を基準に決めればよいのでしょうか。

少なくとも、AIにできるか。人間にしかできないか。という二択だけでは足りません。

・誰に任せると、最も大きな価値が生まれるのか。
・誰が責任を持つべきなのか。
・人間が担うこと自体に意味があるのか。
・人間が使い続けなければ失われ、そのことが将来のリスクになるのか。

こうした問いまで含めて考える必要があります。

だからといって、定型作業はAI、創造・共感・判断は人間、と固定するのも違います。

Deloitteが紹介するMetLifeの事例では、AIをコールセンター従業員の単純な代替ではなく、リアルタイムで支援する「コーチ」として使っています。人が顧客との対話を担い、AIがその人を支援する。Deloitteによれば、この組み合わせによって顧客満足度は13%向上しています。

問うべきなのは、「どちらができるのか、ではない」ことがわかります。
人とAIをどう組み合わせれば、より大きな価値を生み出せるかです。

Human Advantageは、人間に何を任せるかを選ぶこと

AI時代には、「人間の仕事を守らなければ」と考えたくなります。

しかし、「AIに奪われない仕事」を探し始めると、技術が進歩するたびに、その範囲は変わります。
今日AIには難しい仕事が、数年後にも難しいとは限りません。

人間の価値を、AIの能力との境界線で決めること自体に無理があります。

ではどう問えばよいのか。

AIに何ができないのか。
ではなく、
AIにもできる世界で、それでも何を人間に任せる価値があるのか。
・何をAIへ外部化するのか。
・何について人間が責任を持つのか。
・どの能力は人間自身が持ち続ける必要があるのか。

Human Advantageとは、「人間にしかできないこと」を探すことではなく、AIにもできる世界で、それでも人間が何を担い、何の能力を持ち続けることに価値があるのかを決めること。

そこに、人とAIの仕事を最適に設計する本当の難しさがあるのではないでしょうか。