Notes Vol.40_AIとの協働に必要な人間の能力
前回は、AIにはできない仕事を人間が対応するという視点ではなく、「人間に何を任せる価値があるのか」を考えてきました。
「AIができる仕事はAI、人間にしかできない仕事は人間」。単純な能力軸の比較で役割を区切るのではなく、「この判断は人間に任せたい」「ここでは人間が責任を引き受ける意味がある」と、生み出せる価値から役割を決めた方がよいのではないか。
では、そうなると「その価値を本当に発揮できる人」とはどんな人なのでしょう?
会社はこれまで、企画力が高い、分析力が高い、構想力がある、などの視点で人の能力を評価したことが大半だと思います。しかし、その人がAIを使って仕事をしている時代環境です。このまま同じやり方で評価することが妥当なのでしょうか。何をもって「能力が高い」とするか、その定義は本当に変わっていないのか。
たとえば、AIを使わなくても、70点の企画書を作れる人がいる。一方、本人の力だけなら50点の企画でも、AIを使えば90点の企画書を作れる人もいる。
会社は、どちらを高く評価すべきでしょうか。今回はこのテーマについて取り上げます。
AIが曖昧にする「誰がやったのか」
デロイトの「Global Human Capital Trends 2026」に、「Fact or fabrication?」というメッセージがあります。
そこでは、生成AIの普及によって、人や仕事について何が真実で、何が意味のある情報なのかを判断することが難しくなっていると指摘しています。
例えば採用。この調査結果では、経営層の95%が採用候補者のスキルや能力について収集されるデータの正確性を懸念し、働く人の3分の1強がAIを使って自分のプロフィールを日常的に良く見せていることを示しています。
また人材の生産性。41%の働く人が仕事の一部をAIで自動化した経験があり、経営層の80%は、従業員がAIによって実際以上に生産性が高く見えることを懸念しています。デロイトはこれを、誰が何をしたのかという「agencyの曖昧化」として捉えています。
また、AIが人間と協働している場合、人間が作った部分とAIが作った部分を分けることはそんなに簡単なことではありません。
成果自体がとても優れているなら、それを生み出した要因や主体は人間なのか、AIなのか、それを分析する価値はありそうです。
ただし、つい見落としがちな前提条件があります。それは会社が何をもって「能力が高い人」と呼ぶのか、が明確になっているかどうか。
90点を出したなら、90点の実力ではないのか
先ほどの二人に戻ります。
AIなしで70点、AIを使って75点の人。
AIなしなら50点だが、AIを使えば90点の人。
会社が求めているものが「良い企画を短時間で生み出すこと」なら、後者の方が高い成果を出しています。
それなのに、
「AIのおかげだから本人の実力ではない」
と評価するのは、本当に妥当でしょうか。
実際の仕事ではAIを使わせるのに、評価するときだけはAIを除外し、「一人でどこまでできますか」と測ろうとする。ここに注力することが、一体どんな意味があるのか。
これは、電卓を使う仕事なのに、評価で当人の暗算力を見るようなものです。業務の中で暗算力を必要としないにもかかわらず・・・。
AIを活用した本人の貢献をそのまま見ることに別の懸念もあります。
例えばAIを使って90点の企画書を作ったとします。
ここで考えるべきは、その90点のうち「人間が何点分を作ったか」=成果への寄与率、ではありません。
何を課題として設定したのか。AIに何を考えさせたのか。出てきた案のどこを採用し、どこを捨てたのか。そして、その90点が本当に90点なのかを本人自身が判断できるのか。
見るべきなのは、その90点を生み出すプロセスの中で、人間がどんな役割を果たしたのか、ではないでしょうか。
仮に90点のうち、人間が直接つくった部分が30点だったとしても、それだけで「本人の能力は30点」とは言えません。AIの誤りを見抜き、出力を選び直し、最終的に90点の成果へと引き上げたのであれば、そこにも人間の能力が発揮されているからです。
つまり、能力を「成果物のどこを自分で作ったか」で測るのではなく、「外部能力を含むプロセス全体の中で、どんな価値を加えたか」で見ることが重要なのです。
「AI活用力」を足せば済むのか
企業は今後、評価項目に「AI活用力」を追加したくなるかもしれません。
現在の多くの企業で能力評価といえば、企画力・分析力・構想力・論理的思考力といった視点で見ることが多いです。
AIを活用している現在、評価制度を見直すとすると、その一つのアイデアとしては評価項目に「AI活用力を足す」というものがあります。
しかし、それが最適解なのでしょうか。
AIの使い方にも、少なくともいくつかの異なる形があります。
・何も考えず、AIに「良い案を出して」と丸投げする。
・AIから最初のアイデアをもらい、それをきっかけに人間が考え始める。
・人間の頭の中には考えがあり、それをAIに言語化・構造化させる。
・人間が仮説を出し、AIに反論させ、追加情報を調べさせ、再び考え、また問いを返す。人とAIが何度も往復し、一人では到達できなかった水準まで成果を引き上げる。
すべて「AIを使っている」仕事です。
しかし、人間が果たしている役割はまったく違います。
だから「AIを使える」という一項目だけでは、人間の能力をうまく捉えることはできないのです。
人間に求められるもの:「生成する能力」から「設定・選択・判断する能力」へ
戦略立案や企画開発で考えるとより分かりやすいと思います。
これまで「戦略立案力が高い人」といえば、情報を集め、分析し、選択肢を考え、論理を組み立て、計画に落とし込み、分かりやすい資料を作れる人でした。
つまり、「生成する能力」のかなり広い範囲を一人の能力として位置付けて、評価していました。
しかしAIが、情報収集、分析、アイデア生成、文章化、計画作成まで担えるようになると、人間側でより重視される能力も変わります。
- 何を問題として設定したのか。
- 何を調べるべきだと考えたのか。
- どんな前提をどう疑ったのか。
- AIが出した複数の選択肢から、なぜそれを選んだのか。何を捨てたのか
- AIの誤りや検討不足を見抜けたのか。
- 自分自身は何を決断したのか。
こう考えてみると、従来の「能力が高い人」と、これから評価したい「能力が高い人」は、少し違って見えてきます。(下図参照)

もちろん、左側の能力が今後一切不要になる、というわけではありません。
分析できるからこそ、AIの分析の誤りを見抜ける。自分で文章を書けるからこそ、AIが作った文章の質を判断できる。
重要なのは、これまでの評価の重心が少し変わるということです。
「何を生成できるか」だけではなく、「何を設定し、何を選び、どう判断したか」を見る。
特に戦略立案、企画開発、調査分析、実行計画立案のような仕事では、従来の評価項目の視点をレビューしても、人間が本当に果たした価値を捉えにくくなるでしょう。
人間に求められる能力は、さらに変わるかもしれない
ただし、これだけを見て、「これからは設定・選択・判断する能力を評価すればよい」と決めるのも早いと思います。
それは、現在のAIを前提とした答えだからです。
現在は、人間が問いや前提を与えなければ、AIがもっともらしい誤答を出すことがあります。
だから人間が問題を設定し、出力を吟味し、最後に判断することに大きな意味があります。
しかし、AIの能力そのものが今後も現在の水準にとどまるとは限りません。
2026年9月、Anthropicを退職した研究者Jacob Coxon氏は、AIが自らAI開発を加速させる「recursive self-improvement」など、より高度なAIがもたらすリスクへの懸念を公にしました。これは、そのような未来が実現すると確認されたという話ではありませんが、AI開発の最前線にいる研究者の一部が、人間が常に問いを出し、AIが答えるという現在の関係を固定的なものとして捉えていないことは未来への警鐘といえます。
もし将来、AI自身が問題を設定し、前提を疑い、選択肢を作り、その良し悪しまで評価できるようになったらどうでしょう。
「設定・選択・判断こそ人間の能力だ」という現在の答えさえ、再び見直す必要が出てきます。
つまり、AIの出現・浸透によって人間能力が一度だけ変わるとは考えていません。
AIができることが広がるたびに、「人間に何を求めるのか」という境界も動いていく。
AIにできることが増えるほど、人間の能力は、作る力そのものよりも、何を設定し、選び、判断するかという意味付けする側へ重心を移していくことになるでしょう。
「能力が高い人」の定義を変える
AIを使えば90点の成果を出す人を、「一人なら50点だから能力が低い」と評価する。
これは少し乱暴な結論であり、違う気がします。
一方、AIが出した90点。当人自身がその方向性を判断できない人を「90点を出せる人」と評価する。
これも違うと思います。
このように考えると、評価項目に「AI活用力」を一つ追加するだけでは、やはり十分ではありません。
問うべきなのは、その人は何を自分で作ったのか、ではなくて、AIを含むさまざまな能力を使いながら、その仕事の中で人間としてどんな価値を生み出したのか。
AIが進化したから、人間の能力が高くなった・低くなった、という単純な話ではないのです。
「能力が高い人」の定義そのものが変わるのです。
そしてAIがさらに進化すれば、「能力が高い人」の定義はまた変わっていきます。
これから人事が問われるのは、「この会社では、何ができる人を“能力が高い”と評価するのか」。
この前提そのものを、問い直すことです。
70点を一人で出せる人と、AIを使って90点を出せる人。
これから問われるのは、どちらが「本物なのか」ではありません。
この会社は、何をもって「能力が高い」としているのか。その定義そのものを見直すことです。

