Topics | 2026年10月第4週の注目テーマ

① 電気を運ぶのではなく、仕事を運ぶ

日立製作所、Jパワーなど5社は、横浜と北九州のAIデータセンターを接続し、AIの計算処理を最適な場所や時間へ移す実証を始めました。

再生可能エネルギーの発電量予測、電力価格、需給状況、計算資源の利用状況、災害情報などをもとに、AIの学習や推論をどこで、いつ実行するのがリソースとして最適なのか、調整する取り組みです。

データセンターの電力不足に対しては、これまでは、発電所を増やす、送電網を整備する、省電力型の設備へ切り替える、といった対応が考えられてきました。

今回の実証が面白いのは、電力の供給能力を増やすだけでなく、電力の供給元を分散させる、つまり、電力を使う仕事自体を動かそうとしていることです。
工場でいえば、生産能力が足りない拠点へ新しい設備を入れる前に、生産する製品や時間帯を別の拠点へ移せないかと考える。人手不足であれば、人を増やす前に、繁忙時間や担当部署を変えられないかを考える。それと同じ発想です。

ただし、計算処理を動かせても、データセンターという建物そのものがなくなるわけではありません。

最近、同じ北九州市において、ある小学校に隣接する大型データセンターの建設計画に対し、騒音、排熱、日照、工事車両などを心配する声が上がっています。今回の実証で使われる施設と同一かどうかは確認できませんが、デジタル上の仕事を移す先にも、土地と電力を使う現実の施設があります。

仕事を動かす技術が進めば、設備を増やさずに資源を有効活用できる可能性があります。移動先にすでに設備があるのであれば、新たに現地に負担が生じるということは少ないはずです。

能力が足りないとき、設備や人を安易に増やす前に考えるべきことがありそうです。

② 減税で、顧客は同じように動くのか

帝国データバンクの調査では、飲食料品の消費税率引き下げによって、食品小売業は売り上げが1.58%増える一方、飲食店は3.94%減ると見込んでいます。

これは実際の政策効果を予測したものではなく、企業側の見通しです。それでも、同じ減税によって業種ごとの期待が逆方向へ分かれている点は興味深いところです。

減税によって家計に余裕が生まれれば、消費が増える。
そう考えたくなりますが、消費者の行動は一通りとは限りません。

同じ食品を安く買って差額を貯蓄する人もいれば、量や品質を上げる人もいるでしょう。
外食を減らして内食や中食を増やす人もいれば、価格差よりも時間や体験を重視し、これまでどおり外食する人もいます。
浮いたお金が、食品ではなく旅行や家電に回る可能性もあります。

つまり、減税は需要を増やすだけでなく、消費者が選択肢を比較する条件を変える可能性があるといえるのです。

「減税で売り上げが何%増えるか」という皮算用だけで自社経営は成り立つほど甘くはありません。
自社は顧客から選ばれる会社なのか。そもそも顧客とは誰なのか。そして選ばれるようになるためには今の状態のままでいいのか、何をどうすべきなのか。

内食が増えた場合、品質重視へ動いた場合、節約分が別の消費へ回った場合。
それぞれの動きに対して、商品構成、価格、販売経路、他社との連携をどう変えるのか。複数の仮説を事業計画に持っておく必要があります。

減税などの政策変更は、顧客を「うちの商品だから買ってくれている」ではなく、「ニーズを満たせるなら何でもよいと考えている人」として捉え直す機会でもあります。

減税後の売り上げを一つの数字で予測していませんか。顧客の動きが分かれた場合の対応は、事業計画に入っていますか。

③ 情報が足りないから、決められないのか

PwC Japanグループの調査によれば、ビジネスに関しての地政学リスクの高まりを感じる企業割合が77%と高水準にある一方で、地政学的な急変が起きた際、数日以内に経営レベルで判断できると答えた企業は23%でした。例えば、国家間のパワーバランスや国際秩序が極めて短い期間に劇的に変わる事象など、有事の際に「数日以内に即断即決できる」とする企業は2割にとどまっています。 

逆に、「本社の各部門・役員の合意形成に時間を要し、対応が後手に回ることが多い」「事案が発生してから対策本部を立ち上げるため初動に1週間以上かかる」とする回答は50%(それぞれ31%、19%)を占めており、丁寧な合意形成を非常時にも重んじている傾向が強いことがうかがえます。

危機が起きたとき、正確な情報を集めることは重要です。しかし、すべての情報がそろうまで待てるとは限りません。
例えば、輸出規制が強化されるのか。いつ解除されるのか。代替調達先が見つかるのか。為替や輸送費がどう動くのか。半分も分からない状態で、在庫を増やすか、取引先を変えるか、販売計画を修正するかを決めなければならないこともあります。

Amazon創業者のジェフ・ベゾスは、多くの意思決定は欲しい情報の70%程度で行うべきだと述べています。70%という数字自体は一例なので、判断によって必要な情報量は違います。

まず考えるべきは、間違えた場合に戻せる判断かどうか。
後から変更できる判断まで、取り返しのつかない判断と同じように扱えば、会社の動きは遅くなります。反対に、後戻りできない大型投資を、勢いだけで決めるわけにもいきません。

もう一つは、決断した道を「正解」にすること。
何が起きたら継続し、何が起きたら縮小・撤回するのか。最初の判断ですべてを当てようとするのではなく、新しい情報が入ったときに判断を更新できるようにしておく。
不完全な情報で決める力とは、勘のよさではありません。判断の期限、最低限必要な情報、決める人、そして決めた後の修正条件を、あらかじめ用意しておくことではないでしょうか。

判断時点で何が分からないかだけでなく、後から何が分かったら判断を変えるかまで決めていますか。

④ FDEは、常駐エンジニアの言い換えなのか

FDEという言葉を目にする機会が増えています。最近は、猫も杓子もFDEです。

FDEとは、Forward Deployed Engineerの略です。直訳すれば「前線に配置されたエンジニア」。
ただし、確立された単一の職種というより、顧客の現場に入り込み、業務課題の発見から、技術を使った試作、実装、改善までを連続して担う役割、あるいは支援モデルと捉えた方が実態に近いと思います。

デロイト トーマツは2026年6月、FDEマネジメントオフィスを設置し、FDE人材の活用を本格化するとプレスリリースしました。同社では、企業価値の構造を分析し、優先的に変革すべき領域を特定するDS(Deployment Strategist)と、現場での実装を担うFDEを組み合わせ、構想から実装・定着までを支援するとしています。

顧客の現場で働くという点だけを見れば、従来の常駐エンジニアと変わらないようにも見えます。
しかし、本来のFDEが重視するのは、どこで働くかではなく、課題や成果にどのように関わるか、といった部分です。

あらかじめ切り出された作業をこなすことや、決められた仕様のシステムを納品することを支援の中心に置いていません。
何を解決すべきかが曖昧な段階から現場へ入り、顧客と一緒に課題を探す。その場で試し、実際の業務へ組み込み、使われ方を見ながら直していく。
さらに、繰り返し発生する課題や要望を、ベンダー側の製品やサービスの改善にもつなげていく。こうした役割が期待されています。

もっとも、FDEと名乗れば、すべてそのような働き方になる、というわけでもありません。
Gartnerは、従来の導入支援、プロフェッショナルサービス、ソリューションエンジニアリング、AIコンサルティングなどを、戦略的に聞こえるFDEという名称に置き換える動きを「FDE washing」と呼び、注意を促しています。

つまり、本来のFDEは常駐エンジニアの単なる言い換えではありませんが、実態が従来型の支援のまま、名称だけがFDEになっているケースはあり得るということです。

FDEが注目される背景には、AIを作ること以上に、仕事の中へAIを組み込むことが難しくなっている事情があります。
AIの活用では、仕様書どおりに作れば完成するとは限りません。どのデータを使うのか、どこに人の判断を残すのか、例外をどう扱うのか。現場で動かしながら要件を更新し、チューニングしなければ、実際の業務には定着しないことが多いからです。

一方、FDEが現場に深く入っている間に、知識や変更権限、運用責任が社内へ移らなければ、外部の支援会社(FDE)にしか変更できない仕組みだけが残ってしまう危険があります。

Gartnerは、ベンダーのFDEが構築したエージェント型AIについて、コストの増加や自社で進化させられない問題により、2028年までに70%の企業が放棄すると予測しています。これは将来予測にすぎないですが、導入の速さと自立性が自然に両立するわけではないことを示しています。

問題は、FDEによる支援期間中に、知識、権限、運用能力をどこまで自社へ移せるか。
FDE導入を急ぐほど、「支援が終わる日」を最初から設計しておかなければ、外部依存が固定化する可能性があります。

FDEや外部専門家が去った翌月、自社だけで何を変更し、改善できますか。

⑤ 同じ「市場の多様化」が、売却と継続を正当化

デンソーは2026年10月、日本特殊陶業へ譲渡する予定だったスパークプラグ・排気センサー事業について、売却を中止すると発表しました。
スパークプラグ・排気センサー事業とは、ガソリン車やハイブリッド車などで、燃料への点火や排ガス制御に用いられる部品の開発・製造・販売事業です。

対象事業の譲渡額は約1,806億円。2023年に検討を始め、2025年9月には正式な事業譲渡契約まで締結していました。

事業環境が変わったから、売却方針を見直した。
そう聞けば、不思議ではありません。

ところが、売却を決めたときと、売却を中止したときの説明を比べると、興味深い違いがあるようです。

2025年の契約時、デンソーは、電動車のさらなる普及が見込まれる一方、地域ごとに異なるエネルギー事情を背景に、パワートレインの多様化が進むと説明していました。

内燃機関関連製品にも需要が残る中、デンソーと日本特殊陶業の技術・生産基盤を融合し、将来の市場規模に応じた持続可能な供給体制をつくる。そのため、日本特殊陶業へ事業を譲渡すると判断していました。

ところが、2026年の売却中止時にも、地域ごとのエネルギー事情や規制環境を背景に、多様なパワートレインへの需要が続いていることが説明されています。違ったのは、その需要が当初の想定より長期にわたって続いていると判断した点です。

デンソーは、モビリティの多様化へ対応する力を維持・強化するためには、自社で事業を継続する方がよいと判断しました。

この経緯で興味深いことは、方針を180度変えたことではなく、どの前提が、どの程度変わったために判断結果が逆転したのか、という点です。
需要の規模なのか。需要が残る期間なのか。他事業との技術的なつながりなのか。売却価格と継続価値の比較なのか。自社に残すべき能力の定義なのか。

戦略の一貫性とは、過去に決めた手段を守り続けることではありません。上位の目的と判断基準を保ちながら、前提の変化に応じて手段を改めることです。
一方、「環境が変わったから」とだけ説明すれば、ほとんどすべての方針変更を正当化できてしまいます。

事業計画には、目標と施策だけでなく、それを成立させている前提も書いておく。
そうして初めて、外部環境が変わったのか、当初の見立てが外れたのか、それとも事業の位置づけ自体が変わったのかを検証できます。