Vol.36_「人を動かすこと」と「人が自ら動くこと」の違い
「健康のためには、エレベーターより階段を使った方がいい」
おそらく多くの人が分かっています。
それでも、目の前にエレベーターがあれば、つい乗ってしまう。
健康診断も同じです。「早めに予約した方がいい」と思いながら、後回しにしてしまう。
仕事でも、「この資料には早めに手をつけた方がいい」と分かっているのに、締切が近づいてから慌てて取りかかってしまう。
人は、正しい知識を持てば、その通りに行動するとは限りません。
ではどうすれば行動できるようになるのか。行動経済学の領域では「ナッジ」(nudge)と呼ばれている分析研究があります。
Nudgeとは、「肘などでそっと押す」「軽くつついて注意を向ける」といった意味があります。
人に命令するのでもなく、禁止するのでもない。
何かを選ばなければ罰を与えるわけでもありません。
本人が選べる状態は残しながら、望ましい行動を取りやすくする。
そのために、環境や条件、情報の見せ方、タイミングなどを少し工夫する。
これがナッジの基本的な考え方です。
この考え方を世界で最初に「公共政策」として本格採用したのはイギリスでした。2010年、当時のキャメロン政権は「ナッジ・ユニット」(Behavioral Insights Team / BIT)という専門チームを政府内に設置し、規制や補助金だけでなく、「行動のきっかけを設計する」ことで人を動かす方策を検討するようになりました。
人を変えるのではなく、選ぶ環境を変える
下の図にあるように、ナッジとは「望ましい行動を選びやすくする」ために、環境・条件・タイミングを整えることです。

よく知られた逸話があります。
オランダのスキポール空港では、男性用トイレの清掃コストがかさんでいました。使用者が便器の外を汚してしまうことが多かったためです。そこで、便器の中に一匹のハエの絵を描いたところ、使用者は自然とそのハエを狙うようになり、汚れが大幅に減ったといいます。
注意書きも、罰則も、ありません。ただ「狙いたくなるもの」を置いただけです。
他にもナッジの考え方を使った取組があります。
- 家庭に送られてくる電気使用量のお知らせに、自宅の使用量だけでなく、「同じ地域・同じような世帯の平均使用量」を一緒に表示しました。それを見て、「うちは少し使い過ぎているな」と気づけば、節電してみようと思わせようという取組
- エレベーターの横にある階段を目立たせ、「ここまで階段を使うと○kcal消費します」と表示する取組
- 健康診断の予約期限が近づいたタイミングで、予約リンク付きのメッセージを送る取組
いずれも、電気を使うな、階段を使え、健康診断を予約せよ、と命令しているわけではありません。
選択肢はそのままです。
ただ、行動するきっかけをつくっている。
東京都八王子市では、大腸がん検診の受診勧奨はがきの文面を、行動経済学の知見をもとにわずかに書き換えただけで、受診率が7.2ポイント向上したという報告もあります。伝える内容は変えず、伝え方だけを変えた結果です。
なお、ナッジ効果を狙った取り組みは、情報の見せ方やタイミングを工夫するだけではありません。
「何もしなかったときに、どうなるか」という視点で工夫する過多があります――つまりデフォルト(初期設定)です。
例えば、企業年金への加入方式の考え方。
「希望者が自ら申し込む」方式ではなく、「原則全員が加入し、辞退したい人だけ手続きする」方式です。この方法に変えたことで加入率が大きく変わることが知られています。選べる自由はそのままに、「何もしなければどうなるか」を変えているだけです。
これらの例を踏まえると、ナッジは「人を変える方法」ではなく、「人が行動する周りの環境を少し変える方法」とうことがわかると思います。
「効いたナッジ」は、良いナッジなのか
ここまでであれば、ナッジはとても便利な考え方に見えます。
実際、人の行動を変えることができたなら、「このナッジは成功した」と評価したくなります。
しかし残念ながらそれほど単純な話ではありません。
ナッジによって実際に人を動かすことができるという「効果」の問題だけではなく、その働きかけが操作になっていないか、どのような価値観に基づいて行われているのか、といった重要な論点があります。
例えば、あるWebサービス。
利用開始のボタンは大きく分かりやすく表示されているのに、解約方法は何ページも探さなければ分からない、といった事象を見聞きしたことはありませんか。
これも、人の行動に影響を与える「環境設計」ではあります。解約そのものは可能なのです。でも意図的に解約ボタンをわかりにくくしている。
こうした、望ましくない方向へあえて摩擦を生む仕組みは、一般には「ダークパターン」、学術的には「スラッジ」(sludge)と呼ばれ、ナッジの”裏返し”として問題視されることがあります。
しかし、「利用を続ける」という事業者側にとって都合のよい行動へ誘導するために、
別の選択を意図的に難しくしているという主張に対して違和感を抱きます。先ほどの健康診断のリマインドと同じものではないように感じます。
人を動かすことができた。→だから良い。
そう簡単には言えそうにありません。
「望ましい」とは、誰にとって望ましいのか
ナッジを説明するとき、よく「望ましい行動を後押しする」と表現します。
しかし、ここには一つ厄介な言葉があります。
「望ましい」とは、誰にとって望ましいのか。
健康になる。
事故を減らす。
無駄なエネルギー消費を減らす。
このような目的であれば、比較的合意しやすいかもしれません。
それでも、「本人のためだから」と誰かが考えれば、何をしてもよいわけではありません。
本人のために勉強させる。
本人の将来のためにこの仕事を経験させる。
本人には才能があるから、この道に進ませる。
働きかける側には悪意がない。むしろ、その人の可能性を広げたいと思っている。
それでも、その人が本当に同じものを望んでいるとは限りません。
ここに、ナッジの難しさがあります。
ナッジの背景にある「リバタリアン・パターナリズム」という考え方は、本人の選択の自由を残しながら、本人にとってより良い選択を後押ししようとするものです。
一方で、そもそも「より良い」と誰が判断するのか、本人に気づかれない形で誘導することは許されるのか、という批判もあります。またナッジによって政府や制度側の価値観が見えにくいまま押し付けられる可能性も問題提起されている状況があります。
見えるようになったものと、まだ見えていないもの
ここで思い出すのが、イチロー氏の言葉です。母校である愛工大名電高校の野球部員を指導した際に語ったとされる話です。
データによって、多くのことが見えるようになりました。
打球速度、回転数、打球角度、選手の動き。以前は感覚で捉えていたものまで数値で把握できるようになっています。一方でイチロー氏は、データで見えるものが増えるほど、数字には表れないものを見ることも重要ではないか、という趣旨の問題提起をしています。
この話、ナッジに少し通じるところがあるのではないでしょうか。
あるメッセージをWeb上に出したところ、予約率が10%上がった。
表示方法を変えたら、ある商品を選ぶ人が増えた。
行動経済学やデータを使えば、「どうすれば人が動くか」は以前より見えやすくなります。
しかし、人が動いたという事実だけから、その働きかけが本当に良かったかどうかまでは分かりません。
- なぜその人はその選択をしたのか。
- 別の選択肢について十分知っていたのか。
- 本当は何を望んでいたのか。
- その働きかけを本人が知ったとき、それでも納得できるのか。
行動として「見えるようになったもの」が増えるほど、逆に、そこからは見えないものにも注意を向ける必要があります。
「背中を押す」と「行き先を決める」は違う
では、良いナッジと良くないナッジを、どこで分ければよいのでしょうか。
明確な一本の線を引くのは難しいと思います。
「善意ならよい」というだけでもありません。
「本人のためならよい」というだけでもありません。
選択肢が形式的に残っていれば何をしてもよい、ということでもないでしょう。
一つ考えるヒントになるのは、
その人が自分で選ぶことを助けているのか、それとも、こちらが選んでほしいものを選ばせようとしているのか。
という違いです。
例えば、「健康診断を受けたいと思っているが、忙しくて予約を忘れてしまう人」に、期限の少し前にリマインドを送る。
これは、その人がもともと考えていた行動を取りやすくしています。
一方で、本人には十分な情報を与えず、仕掛ける側に都合のよい選択肢だけを目立たせれば、選択肢は残っていても「選ばせる」に近づいていきます。
ナッジは、「人を思い通りに動かす技術」と思われがちですが、そうではないのです。
むしろ、人が選びやすくなる後押し、つまりきっかけを提供するだけです。
人が動かないとき、「本人」の前に見るもの
仕事でも、人がなかなか行動しない場面があります。
説明したのに動かない。
何度言ってもやらない。
必要性は理解しているはずなのに、行動に移らない。
そんなとき、私たちはつい、
「本人の意識が低い」
「やる気がない」
「もっと主体性を持ってほしい」
と考えがちです。もちろん、それが原因の場合もあるでしょう。
しかし、ナッジという考え方を知ると、もう一つの別の見方ができます。
その人の周りには、どんな選択肢が置かれているのか。
必要な情報は、行動したくなるタイミングで届いているのか。
最初の一歩は、踏み出しやすくなっているのか。
行動しない人を変えようとする前に、その人が行動する環境を見る。
つまり、相手の行動を否定的ではなく、肯定的に見ることもできるのではないでしょうか。
小さなおせっかいが、行動のきっかけになる
ナッジという言葉を知らなくても、私たちは日常の中で誰かの背中を押しています。
「忘れそうだから、前日に連絡しておくね」
「最初はここからやると分かりやすいよ」
「一度やってみたら?」
そんな小さな働きかけが、誰かの行動のきっかけになることがあります。
何もしないことだけが、相手の自由を尊重することではありません。
一方で、良かれと思って背中を押しているうちに、いつの間にか相手の行き先まで決めてしまうこともあります。
私たちは、人の背中をどのように押しているのか。
そして、
その人が自分で選ぶことを、私たちは本当に助けているだろうか。
こういった視点を持ちながら、周りの人たちへの影響・きっかけを与える「小さなおせっかい」を一度始めてみてはどうでしょうか。
参考文献・参考URL
- 那須耕介・橋本努 編著『ナッジ!? 自由でおせっかいなリバタリアン・パターナリズム』勁草書房
- けいそうビブリオフィル「『ナッジ!?』刊行記念・編者対談(前編・後編)」
- 環境省・日本版ナッジ・ユニットBEST関連資料
- Richard H. Thaler / Cass R. Sunstein, Nudge 関連資料
- https://keisobiblio.com/2020/06/23/nudgetalk08/
- https://www.env.go.jp/earth/best.html
- https://yalebooks.yale.edu/book/9780300262285/nudge/

